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三島市について三島市の基本情報を紹介します。
三島市のプロフィール
静岡県の東部、富士箱根伊豆国立公園の玄関口に位置し、伊豆一ノ宮である「三嶋大社」を中心に、古代中世には伊豆の国府が置かれ、江戸時代には東海道五十三次の一つ「三島宿」として賑わった、長い歴史のあるまちです。昭和44年に新幹線の三島駅が開設してからは、文字どおり伊豆・北駿の交通の結節点として、静岡県東部の中枢をなす都市となるまでに発展しました。
また、富士山からの伏流水が作り出す清冽なせせらぎと、箱根西麓から市街地に至るまで豊かな緑に恵まれた自然環境が優れたまちとして知られています。
歴史
■奈良~平安時代
白鳳時代より、大寺院が建立され、奈良時代には伊豆の国分寺・国文尼寺、伊豆の国府が置かれて、伊豆の国の中心でした。また伊豆は遠流の国だったため、文化人が多く流され、都の文化がもたらされていました。
■鎌倉、室町時代
韮山の蛭ヶ小島に流された源頼朝は1180年(治承4年)8月、三嶋大社に百日の祈願に通い、満願の日に挙兵して源氏再興を果たしました。また、三島で発行された三嶋暦はかな暦であったため、中世を通じ庶民・武士の暦として、広く利用されました。三嶋茶碗は器の模様が三嶋暦に似ていたため、つけられたと言われます。
■安土桃山時代
1560年代の北条氏康の頃、小田原城を守るため箱根中腹に築かれた山中城は、1590年(天正18年)豊臣秀吉に攻め落とされました。現在は史跡公園として整備され、富士山の眺望地点にもなっています。
■江戸時代
三島は幕府の直轄地となり、三島代官所が置かれ伊豆を治めました。また、東海道の宿場町として長く繁栄しました。箱根旧街道は東海道でも最も難路で、箱根八里として知られました。江戸時代の石畳を良く残しており、富士山を見ながら整備されたハイキングコースを歩くと東海道の風情が感じられます。
■明治時代
■大正時代
■昭和時代
三島市の木・花・鳥
■市の木:イチョウ
イチョウは、市制30周年を記念し市の花「三島桜」とともに、昭和45年10月11日に市の木に制定されました。現在、教育・文化施設がある文教町のイチョウ並木は、その代表的な存在となっています。
■市の花:三島桜
市の花「三島桜」は昭和35年に国立遺伝学研究所の竹中博士の研究により谷田城の内のソメイヨシノの実生から生まれ、竹中博士によって三島桜と命名されました。そして昭和45年市制30年を記念して市の花としました。
■市の鳥:カワセミ
カワセミは、市制60周年を記念し、平成13年4月29日に市の鳥に制定されました。全長は約17センチできれいな水辺に住み川魚を食べます。市内では楽寿園や源兵衛川などでみかけることができます。
三島市の姉妹都市、友好都市
アメリカ合衆国 カリフォルニア州 パサディナ市(姉妹都市)
ニュージーランド タラナキ州 ニュープリマス市(姉妹都市)
中華人民共和国 浙江省 麗水市(友好都市)
三島のうなぎ
■1 三島の水は「化粧水」と呼ばれる硬水
三島の水は富士山の雪解け水だからきれいだとよく言われるのですが、きれいと言っても半端ではないのです。洗顔によく肌をきれいにすると言い伝えられる「化粧水」と呼ばれる硬水なのです
■2 その水で身をぎゅっと引き締める
そのお水を使用してうなぎを一週間活〆(いきじめ/真水にさらすこと)にして、余分な脂肪やドロを落として身をギュッと引き締めるそうです。よってうなぎは、身の引き締まった、歯ごたえのある味へと変身していくのです。
■3 うなぎはうろこがないお魚
なぜ三島の水と相性がいいのかといいますと、うなぎはうろこがないお魚で、表面が肌のようなので「化粧水」がピッタリお肌になじむということになるようです。
■4 水の善し悪しで決まる
うなぎの味は「水の善し悪しで決まる」といわれますが、まさにその通りです。
三島市の人口(平成19年12月31日現在)
114,188人(男:56,184人、女:58,004人)
三島市の総面積
62.13キロ平方メートル
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